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情報系の大学院生やポスドクに回ってくる非常勤の授業はほとんどが実習で、要するにPCの使い方やネットワークの組み方を教えるんだけれども、ときどき講義も担当する。
講義をすると、受講生は、
「実習はすぐ役に立つし就職にも必要だと思うけど、講義はぶっちゃけ何の意味があるのかわかんない」
と言う。
意味がわかんないのに教職や必修単位の都合で受講しなければならないわけで、あんまりやる気が出ないのも困るから、やる気の出る理屈をつけてくれということだろう。

そう言われても、人文学部出身の私が担当する情報論は、実際、就職の役に立たない。
PCスキルは多くの企業が採用の前提としているだろうし、Linuxが少しできればSEとして雇ってもらえるかもしれない。
でもマクルーハンやベンヤミンの議論を理解したところで、何かを生産できるわけではない。クーンやファイヤアーベントの言うことが頭に入っていたって、企業の採用担当が興味を持ってくれるわけではない(たぶん)。

だから、「世の中には、直接的に生産に結びつく学問と、世界の成り立ちを知って納得するのに役立つ学問があって、この講義は後者なんです」と説明した。
ほんとうは「世の中には、すぐ飯の種になる知識やノウハウと、ぼーっとものを考えるためのお話があって」と言いたかったんだけど、少し格好をつけた。

世界の成り立ちとかどうでもいい、就職に使える実習のほうが大事だ、という考えもよくわかる。
二十歳の頃から真剣に生き残りを考えているという証拠でもあって、真面目できちんとした若者であるなあと思う。

しかし、ものごとを解釈し、自分なりに世界の成り立ちをとらえる力は、就職以前に、生きる上で、わりと直接的に役に立つものだとも思う。
できごとは、断片として体験するだけでは済まない。自分の人生というストーリィに組み込まれてはじめて、経験として機能する。
要するに、納得できないと、人は苦しい。
だからみんなお話を求め、作る。目の前のできごとを理解するための枠組みのようなものを。

私たちはときどき、手持ちの枠組みをちょっといじるくらいでは人生に組み込めないような大きな出来事や、新しいタイプの出来事に遭遇する。
そういうとき、練り上げられた解釈をいくつも咀嚼した経験のある人間は、わりと強い。自分が生きるのに適した、オリジナルの枠組みを作ることができる。そこまでの必要がなくても、適切な解釈を組み合わせればいろいろなことが納得できて、ラクになる。あるいは努力しやすくなる。
組み合わせに便利で作成に参加できる枠組みが科学を含む学問、単品でも機能しやすい枠組みが宗教だ。おおかたの学生は宗教を持っていないし、信仰があっても、それだけではどうにもならない場面もあるだろう。

そんなわけで、就職に役立たない講義があるのは、良いことだと思う。
一人で本を読んだり話相手を見つけたりしてものごとを解釈するのは、性格によってはけっこうしんどい(性格によっては楽しい。ただ、楽しいからといってそればかりしているのも困りものではある。私も自分で困っている)。
大学に籍があるなら、講義というかたちで先人の洗練された解釈を受け取っておくのは、損なことではないと思う。

ものごとの解釈をする訓練をしないとどうなるかというと、世界観が比較的単純になる。なかにはとても単純な解釈しか持たずに生きる人も出てくる。
それの何がいけないのかというと、食い物にされる危険性が上がる。
訓練なしで飲みこみやすいお話の極北は、霊能者がお祓いできる悪霊であったり、壺を買えば改善される運勢であったり、「気づいた人から成功する」マルチ商法であったり、するからだ。
その種の商売人は、人々がわかりやすい物語を必要としている様子をくんくんとかぎつけてやってくる。たとえば大きな不幸に遭って呆然としている人や、漠然とした不満が心の中でぐつぐつ煮えている人のところに。

もっと悪い事態は、「私が不幸なのはあいつらがいるせいだ。だから殺す」という、粗雑なストーリィを作ってしまうことだ。
この場合、不遇や孤独が人を殺させるのではない。
不遇や孤独の原因を全面的に他人の存在に付与する世界観の貧困さが、人を殺させる。

とはいえ、受講生に「就職の役に立たないことをぐちゃぐちゃ考えると、変な商売にお金を巻き上げられたり、変な理由で人を殺したりしにくくなると思うのです」とも言えないので、私は「うーん、ちょっとはおもしろいかもしれないから、聞いてみてください」と言う。


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